プライドは守るもの?捨てるもの? ― 本気でやりたいことと、覚悟の境界線

「そこまでやる?」

あるスタイリストの話を聞いたとき、周囲はそう笑った。

彼は、憧れの雑誌でどうしても仕事をしたくて、毎朝、編集長のデスクを掃除していた。

ダサいと言われても、彼は手を止めなかった。

そして、最終的にチャンスを掴んだ。

僕は、この話をダサいと思いません。

むしろ、こういう「手段を選ばない姿勢」にこそ、本気の覚悟を感じます。

でも、時代や人によって「それはアリなのか、ナシなのか?」は大きく分かれる。

Threadsにこのテーマを投稿したら、想像以上にコメントが集まりました。

その議論をもとに、今日は「プライドと覚悟の境界線」について考えてみます。

時代によって変わる「攻め方」

まず前提として、この話は今の時代にやったら、現実的にはアウトです。

「外部クリエイターが勝手に編集部に入って掃除するなんてありえない」という意見も多く、これは確かにその通りです。

昔は、編集部と外部クリエイターの距離が近く、泥臭い努力が許容される空気がありました。

でも今は、ルールも距離感も大きく変わりました。

だから、同じ方法は使えません。

では、今ならどんな行動が“攻める覚悟”になるのか?

答えは簡単じゃないけれど、ひとつ言えるのは、「黙って待っているだけでは何も変わらない」ということです。

プライドの定義は、人によって違う

この投稿で面白かったのは、「プライド」の解釈が人によって全然違うことでした。

「プライドあるからこそ、掃除します!」

「やれることを全部やるプライドはカッコいい」

一方で、「そんなことするのはダサい」「そこまでする必要ある?」という声も。

ここで浮かび上がったキーワードが、

「プライドは目的じゃなく手段」という考え方。

守るためのプライドもあれば、手放すことで得られるプライドもある。

だからこそ、答えは一つじゃないと思います。

「プライドを捨てるプライド」という言葉

この議論を見ていて、僕が思い出したのが、カメラマン仲間の言葉。

「プライドを捨てるプライド」。

僕なりに要約すると、

「執着を手放す勇気や柔軟さこそ、本当の誇り」

ということです。

プライドは時に、自分を縛る鎖になります。

「これ以上はやらない」「ここまでが限界」

そういう線引きが、自分の成長を止めてしまうこともある。

もちろん、逆も然り。

守らなければならないプライドがあるのも事実です。

問題は、「そのプライドをどこに置くか」だと思います。

現場の声から見えた本質

Threadsのコメントの中で、特に響いたものがあります。

アシスタント時代、上司にキレて「プライドが許さないから辞める」と言ったとき、さらに上の上司に『お前のプライドはどこにある?』と諭された。

この一言が、その人の働き方を変えたそうです。

他にもこんな意見がありました。

「クライアントの課題や目的を達成すること。それが自分のプライド」

「プライドを守ることより、柔軟さを優先する方がカッコいい」

つまり、

“自己満足のプライド”ではなく、“相手に価値を届けるプライド”が大事

ということ。

あなたにとってのプライドは?

ここまで読んで、あなたはどう感じますか?

プライドは、守るものですか?

それとも、時には捨てるものですか?

僕自身の答えは、

「プライドをコントロールする力」を持つこと。

固執せず、手放す勇気を持ちながら、本当に大切なものだけを守る。

そのバランスが、これからの時代を生き抜く鍵だと思います。

最後に、もう一度聞かせてください。

あなたにとって、プライドって何ですか?

フォローのご案内

もしこの記事が「少しでも自分に当てはまる」と思った方は、ぜひフォローしてみてください。

noteでは、カメラマンやフリーランスの方が、これからも仕事を続けていけるようなヒントを発信しています。

noteアカウント